1886(明治19)年の夏、初めて軽井沢を訪れたアレキサンダー・クロフト・ショーがこの地を気に入り、外国人たちが避暑にやってくるようになったのは有名な話です。軽井沢を訪れた外国人の中には、世界的に有名な建築家もいました。ウィリアム・メレル・ヴォーリズとアントニン・レーモンドです。当時の軽井沢には、彼らが設計した建築がいくつもあった町でした。また、アントニン・レーモンドに師事した吉村順三も、日本を代表する建築家の一人。そして彼もまた軽井沢で多くの別荘を建築しています。 軽井沢の素晴らしいところの一つは、このような歴史的建造物が現存する事。中に入ることができる建物もあるので、足を運んで軽井沢で親しまれた歴史的建築に触れてみるのもいいですね。ウイリアム・メレル・ヴォーリズの建築軽井沢ユニオンチャーチ ヴォーリズが来日したのは明治38年。軽井沢へ避暑に来たのも同じ年です。初めて軽井沢で建築を手掛けたのは1912(大正元)年。宣教師として布教や文化活動をしていた「軽井沢の村長さん」と呼ばれたダニエル・ノルマンが、ヴォーリズに教会の改修建築を依頼しました。それが軽井沢ユニオンチャーチです。国籍や教派を問わない教会として、多くの外国人が集ったといいます。広々としたホールは大人数が入れる建物でコンサートなどにも利用され「オーディトリアム」とも呼ばれていました。木材の自然な装いをそのまま大事にした建物で、内装・外観共に温かい雰囲気が感じられます。 軽井沢ユニオンチャーチがあるのは、旧軽井沢銀座商店街の一本裏のショー通り。自由に中に入ることができ、クリスマスの時期などは装飾もされています。睡鳩荘 1931(昭和6)年、現在の旧軽井沢銀座商店街を上った先にある二手橋付近に建設したのが睡鳩荘です。朝吹常吉の別荘として建てられたもので、白いデッキや窓枠が印象的な建物です。イギリス生活の経験があった朝吹常吉は、ここでイギリス式の生活をしていたといいます。2008(平成20)年、朝吹家の長女・登水子の死後、軽井沢タリアセンに移築、復元されました。こちらも一般公開されていて、中に入ることもできます。家具や暖炉なども当時のまま展示されており、朝吹家の生活に思いを馳せるのも趣深いものです。ヴォーリズ・レーン ご存知の方も多いでしょうが、軽井沢町内には名前が付けられている通りがいくつもあります。その中の一つがヴォーリズの名が冠された道「ヴォーリズ・レーン」です。旧軽井沢銀座通り沿いにある芭蕉句碑を曲がりお気持ちの道へ。突き当たりを右に折れるとヴォーリズ・レーンにたどり着きます。かつては近江兄弟社コテージもあったためヴォーリズの名前が付けられたようです。通り沿いにはヴォーリズが建築に携わった亜武巣山荘(登録有形文化財)も残っています。 この通り沿いに植えられている木々は背が高いものが多く、森の中を散策している気分を味わえます。ヴォーリズが歩いた道をゆっくり歩いてみてはいかがでしょうか。アントニン・レーモンドの建築ペイネ美術館 ル・コルビュジエの影響を受け、フランク・ロイド・ライトの弟子としてモダニズム建築を学んだアントニン・レーモンド。ライトと共に1919(大正8)年、帝国ホテル建設のために来日しました。「軽井沢は避暑地として良い」と知ったレーモンドは、1933(昭和8)年に軽井沢に山荘を建てました。これが現在軽井沢タリアセン内にある「レーモンド夏の家」です。内装には丸太やベニヤ板、屋根には鉄板を使い、当時は雨音が響くのを防ぐため落葉松の枝を敷き詰めていました。軽井沢の自然とマッチした、ぬくもり溢れる建物となっています。 現在は美術館として利用されていて、外観・内装共に見学することができます。聖パウロ教会 旧軽井沢銀座商店街の裏、水車の道に建つ聖パウロ教会もレーモンド建築です。1935(昭和10)年に建てられたこの教会は、やはり内装は丸太を活用した造り。外装はチェコの伝統的なスタイルを取り入れていて、コンクリートにこけら葺き屋根というものです。老朽化した部分の補強も終わり、外観や内装は建設当初のものを残している部分もあります。 こちらも一般公開されていますが、挙式や礼拝中は中に入ることができません。見学する際には確認してから入堂しましょう。 また、ZEOリゾートはレーモンド建築の大型別荘の改修工事に携わることになりました。その様子なども今後お伝えできればと思います。吉村順三の建築ハーモニーハウス/エロイーズカフェ レーモンドを師事しモダニズム建築を学んだ建築家、吉村順三はレーモンドに日本建築を教える一面もあったという話もまた有名です。吉村順三が手掛けた建築として軽井沢で外すことが出来ないのはハーモニーハウス。アメリカ人音楽家のエロイーズ・カニングハムが「音楽を学ぶ若者太刀の練習拠点に」と、合宿所兼・音楽ホールとして吉村に建築を依頼したのがこの建物です。1984(昭和59)年の建設で、スロープや窓の作りにレーモンドの影響が強くみられます。軽井沢の気候にあった機能性とデザイン性が追求された貴重な建築です。 以前はエロイーズカフェとして完全予約制で営業していましたが、現在は建物設備の老朽化で残念ながら閉店しています。 このように軽井沢は、貴重な建築が身近に感じられる町です。ふらりと足を運び、名を馳せた建築家の思いを探しに行ってみてはいかがですか。