家を建てる際に行う「地鎮祭」。その意味や歴史、そして御代田の地で19代目を継ぐ女性神主・猿田悦子さんのお話から、目に見えない力と人の思いが重なる“祈り”の本質に触れました。地鎮祭とその歴史地鎮祭とは、新たに家を建てる際に、その土地の神様に工事の安全と土地の平安堅固、これから暮らす人々の平穏を願って行われる神事です。 古くから続くこの儀式には、「この土地でお世話になります」という気持ちとともに、「どうぞよろしくお願いします」と挨拶をするような、丁寧な所作と祈りが込められています。「法律で定められているわけではありません。でも、日本人の中に根付いている“土地への敬意”の気持ちが、こうした形として今も残っているんです」と話してくれたのは、神主の猿田悦子さん。 細かな形式をすべて守るのではなく簡略化される部分もありますが、大切なのは“心を込めて祈ること”。 猿田さんは「私たち神主は、建て主の皆さんに代わって神様へ願いを届ける役割」と、土地と人との橋渡し役のような存在だと教えてくれました。 地鎮祭の流れ地鎮祭は、大きく分けて7〜9つの儀式によって構成されています。地域や神社によって多少の違いはありますが、基本的な流れは以下のとおりです。1. 修祓(しゅばつ) 参列者や祭壇、お供え物など、すべてのものをお祓いして清めます。これにより、その場を神聖な空間に整えることができます。2. 降神の儀(こうしんのぎ) 神様をその場にお招きする儀式です。神主が祝詞(のりと)を唱え神様をお迎えします。3. 献饌(けんせん) お米、お酒、野菜、果物、水、塩、お菓子を神様にお供えします。感謝と祈りの気持ちを込めて、祭壇に丁寧にお供えします。4. 祝詞奏上(のりとそうじょう)土地の神様に対して、これから始まる工事の安全と土地の平安堅固、そこに住む人々の平穏を祈願して神主が祝詞を奏上します。5. 四方祓(しほうはらい)土地の四隅に向かって、米・お酒・塩・水をまいて清めます。これにより、土地全体が神聖な状態に整えられると考えられています。6. 地鎮の儀(じちんのぎ)建て主や施工業者が、鎌(かま)、鍬(くわ)、鋤(すき)を使い「鍬入れ(くわいれ)」を行います。これは、工事の安全を祈ると同時に、土地に対して敬意を示す重要な儀式です。7. 玉串奉奠(たまぐしほうてん)参列者一人ひとりが榊(さかき)の枝に願いを込めて神前に捧げ、二拝二拍手一拝で拝礼します。8. 撤饌(てっせん)神様にお供えした食べ物を下げる儀式です。儀式が終わりに近づいていきます。9. 昇神の儀(しょうしんのぎ)神様をお見送りする儀式です。神主が再び祝詞を奏上し、神様にお帰りいただきます。すべての儀式が終わったあとは、神主が丁寧に片付けを行い、参列者に「どうもありがとうございました」と一礼して締めくくられます。儀式のみで約20分、ご神酒拝戴(お供えしたお酒をいただく)と、その後に記念撮影などがあれば、全てが終わるまでは約30分ほどになります。形式ばったものではありますが、「これからここで暮らす人が、無事に、気持ちよく住めますように」という願いを、土地の神様にきちんと伝える。 地鎮祭は、そんな日本らしい祈りの儀式なのです。 猿田さんにクローズアップ 神主さんへの道今回お話をうかがったのは、先代である父の跡を継ぎ、19代目の神主となった猿田悦子(さるた・えつこ)さん。「30代に入ってから、身の回りの出来事や価値観への感じ方が少しずつ変わってきた」という猿田さん。代々受け継がれていた実家の神職について改めて考え、実家で受け継ぐ思いを固めました。そこからは資格をとるために東京の大学で講習を受け、試験やレポートの課題をこなす日々。「講習会だからって、聞いていればいいということではないんです。講習会でも落とされることはあるんです」と言います。「神主となった今も、定期的な講習や研修は続きます。自己研鑽ですね」と、笑顔で話してくれました。また、猿田さんは「長野県女子神職会」の顧問でもあります。現在は60人以上の会員数だと言い、全国的にも女性神主さんは増えているそうです。白衣を着ると身が引き締まるという猿田さん。生まれ育った土地で継いだということもあり、地鎮祭などお父様の代から付き合いがある家もあるほど。「隣の土地はお父さんに地鎮祭してもらったのよ、と言われると感慨深いものがあります」と胸の内を話してくれました。猿田さんがお話してくださった中に、印象深いお話がありました。「おかげさま」多くの人が口にしやすい言葉ですが、そこには目に見えないものの力への感謝が込められていると言います。「お陰様。『陰』という字ですよね。そこには神様やご先祖様、先人の力があり、それがあってこそ今があると、私は思っています」目に見えないものを大切にするという思いが伝わりました。穏やかな口調でお話をしてくれた猿田さん。その姿には、自分の仕事に対する誇りと信念がにじんでいました。